大東駿介の父親は俳優?母親の現在や顔画像は?生い立ちがヤバすぎる。

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実は結婚をしており、子供が3人いると告白をした大東駿介さん。

これは衝撃の事実であり、2014年の水川あさみさんとの交際時はすでに結婚していたという爆弾発言も。

 

そんな衝撃で現在話題となっている大東駿介さんですが、実は生い立ちが相当過酷だったと言います。

今回は大東駿介さんの壮絶な生い立ちをまとめてから、蒸発した父親と母親の情報を書いていきます。

 

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大東駿介の生い立ちがヤバすぎる

 

大東駿介さんは過去に何度か自身の生い立ちを語ったことがあります。

俳優として順風満帆に活動をされていると思いきや、普通の人が経験しないような凄絶な生い立ちエピソードがいくつもあるのです。

1番印象的だったエピソードは、大東駿介さんは子供のときに両親が2人とも蒸発をしているということです。

父親は小学3年生のときに蒸発。
母親は中学2年生のときに蒸発。

両親の蒸発エピソードをまとめていきます。

 

大東駿介の父親は小学3年生のときに蒸発

大東駿介さんの父親は小学校3年生(8歳)のときに蒸発をしたそうです。

父親はタクシーの運転手をやっており、大東駿介さんとは生活リズムが合わず、日常的にほとんどまともに会うことがない生活をしていたとか。

まともに父親と会えるのは誕生日のときくらいだったそうです。

 

突然いなくなった父親の事情は、母親が知人との会話で「離婚した」という話をしており、そこで初めて知ったそうです。

 

大東駿介の母親は中学2年生で蒸発

母親の口から「離婚」を耳にしてから、父親と会っていない生活を続けていました。

大東駿介さんの実家はクリーニング屋を自営業で営んでおり、ある日「ちょっと出かけてくる」という母親からのメッセージを指示す、店のシャッターが半開きになっていたそうです。

ですが、そのまま夜になっても母親は帰ってこず、そのまま蒸発をしてしまいました。

 

父親の蒸発は小学3年生の時ですから、その約5年後の中学2年生で突然母親も蒸発をしてしまったわけです。

本当に辛い経験をされたかと思います。

 

両親蒸発後のエピソード

大東駿介さんは一人っ子だったため、両親が蒸発をして周りに頼れる人がいませんでした。

それから親戚に引き取られるまでは、極貧生活を強いられ、1人残されたクリーニング屋の中にあったお金をかき集め、駄菓子を食べて食いつないでいたそうです。

そのときのお菓子は当時10円で売っていた「どんどん焼き」。

 

そしてとうとう、そのお金さえも尽きると、学校で担任から菓子パンをもらうなどして飢えをしのいでいたそうです。

そのとき貰ったパンは、

  • 「スティックチョコパン」
  • 「ジャムマーガリンパン」

だったと語られています。

大東駿介さんは大人になってもこの味が忘れられず、お洒落な外食をした後にコンビニに立ち寄ってこれらのパンを買って帰ることがあるんだとか。泣けます。

 

ただ、母親が蒸発したことで彼の自宅は友人の”たまり場”となり、これが唯一の救いとなったそうです。

 

その友人の仲にいた1人が、芸人「金属バット」の小林圭輔さん。

小林圭輔さんとの出会いが救いになった後に語られています。

 

その後は親戚の伯母に引き取られたそうですが、大東駿介さんは当時の自分を「野良犬みたいだった」と語っており、助けてくれる人にさえ牙を向けていたそうです。

両親が蒸発して、そんな生活を強いられていたら誰だってそうなってしまいますよね。。

 

 

大東駿介の父親は俳優だった?

小学3年生のときに蒸発した父親はタクシー運転手とのことですが、大東駿介さんは過去のインタビューで「父親も俳優をしていた時期があった」と語っていたことがあります。

父親の名前や作品名については語られていなく不明ですが、大東駿介さんが俳優になったのもその血筋があったのもしれません。

 

また、大東駿介さんは「父親に捨てられた」という感覚が大人になっても残っており、27、28歳のときに父親が見つかったという連絡を受けます。

その際、会うか会わないかの選択を迫られましたが、「会わない」という選択をとったそうです。

 

しかし、30歳手前になって「父親と会ってもいいかな」という心境の変化があり、一年後に会おうと思ったときにはすでに父親は亡くなられていたそうです。

とても悲しいこと続きで聞いてるだけで胸が締め付けられるエピソードです。

 

父親の死を知った当時に大東駿介さんが出会った映画が、自身が主演を勤めた湊かなえさん原作『望郷』であり、初めて父親と向き合った作品だと語っていました。

 

大東駿介の母親の現在や顔画像は?

過去のインタビューで大東駿介さんは父親について語っていたことはありますが母親については詳しく語っていたことはありません。

それもそのはずで、母親は現在も行方が分かっていないそうです。

 

ちなみに、母親がいなくなってからの唯一の支えは小学5年生のときに拾った「うさぎ」だったとか。

しかし、1人暮らしを強いられた大東駿介さんは精神状態も極限で電気もない生活をしていたことから、家の掃除も出来ず、うさぎのフンが散乱した中で生活をしていたみたいです。

そんな大東駿介さんを心配し、近所の人が様子を見にきたところ、「鏡に向かって自分に暴言を浴びせていた」と後になって聞かされたそうです。

そのときの事は大東駿介さん自身、記憶になかったと語っていました。

 

このまま母親と会うことはないかもしれませんが、現在は色々問題がありながらも妻子5人の家族での生活を手に入れた大東駿介さんですから、どうか平穏な日々を送っていただきたいところです。

 

まとめ

大東駿介さんの壮絶なエピソードから、母親と父親についてまとめていきました。

父親はタクシー運転手で俳優をやっていたそうですが、現在は他界されています。

母親は現在も行方不明であり、消息が掴めないとのこと。

 

新たに結婚と子供3人がいる事実を明かし、内容の複雑さで話題になっている大東駿介さんですが、この壮絶なエピソードを見ると致し方がない部分もあるかもしれません。

今後、家族5人で幸せに暮らせると良いですね。

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